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毒入りブルーベリー

yanomichir.exblog.jp

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水彩画

壁画を描かせてもらった茅ヶ崎Sproutの描き下ろし作品をすこし公開します。気になった人はぜひ足を運んでみてください。作品は販売もしてます。
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「極彩色の死神」

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「煙帽子」

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「吟遊詩人が来る前に」

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「踊れ 花 彼女」 ※ SOLD OUT

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「シルバイン叔父さん」

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「蝶々を傘でつかまえて」

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いつもよい音楽がながれてるんです。
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by yanomichiru | 2012-05-23 21:33 | 新作/展覧会情報

遅ればせながら・・・

「一日一コラージュ」に寄せられた味わい深い感想やある作品と同じ日に生まれた架空のおはなしをこちらに載せておきます。ある種の後日談です。
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「様々な顔たち。それはヒトだけでなく、ときにケモノの、ときにモノノケの姿を伴って。決して美しい体躯を持ったモノばかりでないのに、その色彩の鮮やかさから感じるのは画家の彼らへのひとかたならぬ愛情だ。どれも瞬発力を持って描かれたとは思えぬほど。顔たちはいろいろな表情ではあるものの、そこに思想や感情までは読み取れず。「きみは愛せる?」聞かれてるワケでもないのに、毎回たじろぐ。それでも彼らはそんなことなどお構いなしにただ毅然と佇む。そのものであることの優雅さをもって。」
イタイ リュウ

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『シダを育てる恋人たち』

彼女は体のなかの洞穴に黄緑や深緑のシダ植物たちを育てている。すくすくと、さわさわと伸び広がって埋め尽くす。そのために、彼女の姿からは穏やかでやさしい風情がしみだしている。

彼は心のなかの洞穴に紅や臙脂色のシダ植物たちを育てている。にょきにょきと、わさわさと伸び広がって埋め尽くす。それは彼の気持ちを静けさと奥深さで満たしている。

そんな二人は当然のごとく出会い、当然のごとく意気投合した。
そしてゆっくりと、しかし確実に親密になり、信頼を深めあうのだった。
ある日、ついに彼は彼女に告白をした。
「実はぼく、心のなかでシダを育ててるんだ」
すると間髪いれず、彼女は驚愕しながらも安心して言う。
「そうなの!?わたしは体のなかでシダを育てているのよ」
道理で気が合うわけだ、と二人は納得し、その絆が断たれることはさらになくなった。

やがて、彼らのシダはぼうぼうと、ぐんぐんと成長してさまざまな緑と赤の混じり合う太古の森を生んだ。大樹になったシダ植物の数々、巨大な爬虫類や虫の類、湖にはやはり大きな魚たちや無脊椎動物群の姿が見える。そうして彼と彼女は森を育み、また森に育まれていつまでもいつまでも暮らすのだった。

中島弘貴

※ ↑こちらは感想ではなく、友人の中島弘貴氏が上のコラージュを制作した日と偶然同じ日に書いた物語です。 (この神懸ったシンクロニティ具合)

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矢野ミチルの一日一コラージュ、お疲れさまでした。コラージュを立体化したシミとして使い、絵という不可解な構造を発動させ骨太な作品に昇華させた。矢野ミチルの作品は一つのフレームに一人の人物が描かれる。個別のフレームごとに描かれた愛くるしい生き物たちが壁に並べられ展示される。それを一望すると驚愕と緊張を強いられる。世界には沢山の人間や生き物がいるがフレームごとに別れバラバラに存在している。この世界が抱えている悲しい事実を彼の作家性が捕えて離さないのだ。しかし一日一コラージュの中盤からフレームの中にひょいと一人二人と登場人物が紛れこんできた。これは近年の彼の作品からみると大きな変化である。時にはほんの少しだけ触れあい、目線を交わし合う。世界は個別のフレームではないと作家として描きだしたのだ。そして73枚の不器用だか魂に従順な作品が誕生した。ここまでマジメ書きましたが、矢野ミチルはもう当分絵を描かなくていい♡と昨日スゴく嬉しそうに言ってた不真面目な糞野郎です。
村上大樹
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by yanomichiru | 2012-05-20 13:14