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カテゴリ:プロフィール( 1 )

矢野ミチルプロフィール

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矢野ミチル Yanomichiru:

1980年 茅ヶ崎生まれ
緻密な線描で浮かびあがる精霊や怪物たち。 ムーンパレスより“超絶技巧寓話画集”出版。 シュルレアリスム的展覧会とライブペインティングを全国各地で行う。尾道市因島在住。


-活動履歴-               
2002  22歳  
個展「R指定のメルヘン」 (銀座煉瓦画廊)
               
2003  23歳   
グループ展「イリュミナシオン三人展」 (神楽坂セッションハウス)              
帽子屋ガボットとの二人展「アルパカサーカス団」 (渋谷ガボットストア)
個展「ヴァイラスフィルム」 (国分寺キャフェ・デ・ロジェ)

2004  24歳   
グループ展「サマータイムブルース」(神楽坂セッションハウス)
「オハラマヤ」CDジャケットアートワークを担当(レーベルゴーティー)
個展「潔癖症のカラス」  (青山ラスチカス)
               
2005  25歳   
個展「ムラサキハナナ」 (外苑前OFFICE)
個展「ナルコレプシー」 (エスキス表参道)

2006  26歳   
個展「しみ ゆら くる」 (京都TranqRoom)

2007  27歳     
個展「若後家接吻荘」 (松山ミライカナイ、松山KIDNAP,松山SPANKyの3店舗での同時展示)
個展「七色あんふぇ~る」 (日暮里HIGURE17-15)
詩演家イルボンとの二人展「60days」~詩人と画家の電子往復書簡~ (大阪・本町 Flou Gallery)

2008  28歳
企画イベント「イリュミナシオン」(鎌倉カフェGOATEE) 
出演:オハラマヤ、藤田陽介
個展「各駅停車オペラ座行き」 (松山キャメルK)(阿佐ヶ谷イネル)

☆circe,QurageとDrawings結成(矢野ミチルはライブペインティング担当)
  Drawings全国ツアー・CDリリース
映像作家村上大樹とコマ撮り短編アニメ「スプーンとバターナイフ」を製作・上映

2009  29歳
個展「きらめき」(愛媛砥部里山房)
企画イベント「うたうランプ」(中目黒ラケルメジュール) 
出演:Qurage,キスミワコ
村上大樹との二人展「二つの心臓」(大阪 月夜と少年)(横浜 馬車道 大津ギャラリー)

2010  30歳
個展「maison finale」(茅ヶ崎LAMAspace)
二人展「終わりの終わりのヴァンパイア」(博多art space tetra)

2011 31歳
「キスミワコ大陸のキ」CDジャケット画を提供
グループ展「終わりの終わりのヴァンパイア」(愛媛砥部里山房)
個展「寓話の片鱗」(大阪gallery yolcya)
個展「矢野ミチルの超絶技巧寓話画集」 (世田谷galleryNANNA

2012 32歳
個展「超絶技巧寓話画集」(愛媛砥部里山房、広島廃墟ギャラリー、浅草天才算数塾)

2013 33歳
N-qia(Virgin Babylon Records)のアートワークとコマ撮りアニメによるMVも手掛ける。

個展「ミチルノカルタ」(狛江茶茶)

2014 34歳
足田メロウとの二人展「メロウにミチル」(大阪gallery yolcha)
個展「矢野ミチル解放宣言」(尾道光明寺會館)
CLOUD NI9E「ALTERNATIVE」アルバムジャケットコラージュ画を提供
ふらむきりん「ほんにゃらけそめ」アルバムジャケット画を提供

個展「矢野ミチル超個展」(因島チイサイカイシャき)
個展「満月カケルと新月ミチル」(川越シボネボルケ)

2015 35歳
グループ展「Say Yo?」(愛媛宇和池田屋)
soejima takumaとの二人展「孤独のウィキペディア」(福岡太宰府KANZEARTZ)
個展「鳥獣銀河」(広島十日市アパート)



◇矢野ミチルについてのコメント◇

残酷な絵本、決して乖離人格は交わることはなく、共に月を眺めてはいても、別々にそれぞれの親が鞭を手に待ち設けている30分後のお仕置きのことを考えている。体の中に居たイメージの語る色彩は引き出され、外で処理されるが、次のセッションまではそれは再びドアの無い部屋に引き籠る。その繰り返しの集中制作期間の後、とうとう統合された矢野ミチルが立ち現われる。それは足しも引きもしないコラージュされた無意識の、現在完了形の愛の集会である。

工藤冬里

  

音楽は「期待,,expectation,,」というものを扱う表現なんだと思う。 次に鳴らされる(鳴らされない)音への「期待」が、僕らを音楽というもののなかに引きずりこむ。音楽は常に未来へと向かって開かれいる。同じように、僕は矢野ミチルが行なうライブペンティングを、音楽として楽しむことができる。次に描かれる線、次に塗られる色、それが一体どんなものであるのか僕らは期待し、予想しながら、その結果描かれた(描かれなかった)「何か」を見つめることになる。しかし、音は、絵の具のように定着することはない。鳴ったそばから消えていく。強いていえば、記憶のなかにのみ定着される。絵画は、逆に、過ぎ去ったはずの過去の集積として「永遠に」残ってしまう。その違いを、僕らはどう感じればいいのだろうか? 矢野ミチルの作品は、過程の絵画なんだろうと思う。シュルレアリスムの自動筆記のように筆の走るままに筆を走らせることによって出来上がったこれらのイメージは、それが描かれている過程においてきっと最も躍動している。「期待」のなかで線や色が踊っている。とするならば、一旦完成してしまったイメージは、もしかするともはや未来を失った「死体」に過ぎないのかも知れない。僕らはこれらの絵を、スタティックな「図像」として見ることを拒むべきなのだろう。絶えず新しい躍動が生起するさまを僕らはこれらの絵のなかに幻視しなくてはならない。そうすることによってのみ、これらの絵は「現在」を生きることができるに違いない。
若林恵 wakabayashi kei 



ふだんのミチルくんは口数少ないタイプのヒト。それでも絵の中の彼はとても饒舌。伸ばしたり、こすったり、にじませたりしながら乗せた色だけをたよりに、そこから閃(ひらめ)いた景色を次々と描いていく。圧倒的な集中力、即興演奏のようなライブ感で、はじめからそこに潜んでいたかのように、キャンバスに隠された風景、生命をあぶり出す。妥協を許さない筆致ゆえ、ときに見るヒトを選んでしまいそうだけれど、彼の絵を前にして、思いもよらなかった記憶が呼び起こされるのは実に楽しい体験だ。個人的にはそんな絵の中でも、ちょっぴりユーモラスな住人たちを探すのが好きだったりする。いびつさや醜さ、滑稽さをも隠さない彼の作風。人間は奇妙で、それぞれに違っていて、不完全で、だからこそ面白い。常日頃そう思っている自分など、そんなものたちへの愛しさがひしひしと伝わってきて嬉しくなる。彼の絵を一度体験してみてほしい。それは決して、一部のヒトに向けられた趣味性のものなどでなく、同時代、この奇妙な世界を生きるすべてのヒトたちに向けられた彼からの「便り」なのだから。
リュウ (グッドイーブニング主宰)



彼の家で過去10年間の膨大な量の作品を見せてもらいました
自分ではコントロールできない魔物との戦いの記録を垣間みた
アタマがクラクラし、た。絶句。
これをすべで展示できたら観た人が失神、失禁する光景が目に浮かぶ。
村上大樹(映像作家)




世界は常にいろいろな顔を持ち、目に見えるものはいつも同じとは限らない。我々に見える景色の上にもう一つの景色を描く画家・矢野ミチル。実在しない具象。しなやかさという強さ。
遠藤コージ(ミュージシャン)




矢野の絵に出てくる登場人物やクリーチャーは、一見絵本や童話、はたまたアニメやゲームのキャラクターのようです。しかしながら熱量と瞬発力を帯びた紛れもない「絵画」であるというバランスが非常に面白い点です。誰もが子供の頃机に落書きした得体も知れない怪物が、意志を持ち成長したような絵はざわざわと気持ちを波立たせるでしょう。
イルボン (gallery yolcha 車掌)







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by yanomichiru | 2006-03-28 23:45 | プロフィール