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しみ ゆら くる 後記 3

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「Shimi yura kuru: Exhibtion as Yanomichiru
矢野ミチルによる京都でのエキビジョン。しみ ゆら くる

矢野ミチル個展: Yanomichiru Solo Exhibition (Japan)
Location 京都TranqRoom: Kyoto TranqRoom Kyoto Japan
7th May - 20th May

日本の絵描きであり、その絵画に詩的な響きを持つ矢野ミチルの絵画は日本の絵
画技法のスタイラゼーションであり、同時に過去を拒絶し、現在に紛れもなく生
きる絵画表現の魂の輝き。

彼の日本に伝わる西洋の絵画技法(すなわち大正の苛烈さに魂を燃やし、散って
行く街の情感に馨喩を求めた詩人、画家達の)を通過し、この基本概念より彼自
身の心の中で芳酵させ、独自のものになった絵画表現のスタイライゼーションは
現代の日本の芸術の表現の有様と共に彼自身が描く絵画に詩的世界をゆらめか
せ、その色も空虚も無い空気の様なものからしみ出す様に何かをこの世界に召還
させる。
そしてその響きや色彩、瞭さかを深く持つ彼の作品は日本の古来からの雅やかさ
を保つ町京都に似合う。
現代芸術においてエロティシズムと共に筆致や言葉、歌にして自身の個としての
表現を表す人達、その最かな芸術性に倣う人々の創作は少ない。

だが絵画の基本概念を自身のオリジナルの手法の根底に正しく存在させ、絵画的
感性、ディティール、絵画としての表現を描く筆致を持つ彼の作品はそのエロ
ティシズム、そして涙に映し出されたかの様な純粋性をもって彼の実現させる事
の難しい絵画としてのイマーゴを描き表す。
それは彼が描く覚醒感に溢れたメソッドで統一された絵画の色彩や、寓話や幻想
が入り混じり、必至として現代性を持ち表せる絵の題材、感性での制作技法、そ
してファッションのディティールで嵌められている。

彼が絵に対する追求と矜持と共に選り出して来た絵画制作の技法。紅茶で紙を染
め、オリーブオイルを使い、生のいつかあったはずの瑞々しさを嵌め込むペンの
筆致。
その彼の描く絵に詩の言葉や、律動や、照光を感じる事が出来る。
イメージや、魂、涙を溢れさせる心が光としてこの世界にもたらすもの。
それを来させると言う概念。
帰去来。この既に去って来た死者をこの世に帰ってこさせる事。彼の絵画におけ
る概念はその哀惜の表現を存在させる。
この世の色と雰囲気、蜃気楼と成って表れる事が決められたものたちをこの世界
に召還する事を。
決して描かれる絵を絵画としての技法、作品としての媒体への露出、(かき鳴ら
すように指で肌を擦り切らせる様な絵画だけでなく芸術作品への)歪んだ欲望を
持つ閲覧者達に寄る現代への喪を拒絶し、彼だけが表現し得る作品として凛々し
さを表して行く。
イルミネーションが光り、蜃気楼の様に薄弱なこの現代の街の市井の姿として。
そこに生きる放浪者であり、この世に帰って来た彼の描く作品で光を純粋になま
めかす生がシンパシーを感じる人達にすべてその姿や幻想の情景、立ち位置やパ
ラノマ、振る舞いに決して失われて久しくない変わるものの無い生の情感を感じ
させる。

彼が描く、この時代のパラノマ、万国の驚きべく蜃気楼の光景の中心に道化の嘆
きの化粧を装うかの様な少年によりそう兎の囁かされる詩が聴こえる。


汐野達司 (as seven) 

帰去来(かえりいざなんや): 故郷に帰るために、官職をやめてその地を去る
こと。今回の引用では芸術的な流れ、文章引用のメソッドの変化からこの帰去来の現代
的に加えられた意味合いを持った表現で記述しました。





画像は「世界蜃気楼絵巻」(部分)
※京都の展覧会を見に来ていただいた汐野氏が書いてくださった文章をここに掲載します
汐野氏の運営するサイト→ In Moon Light
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by yanomichiru | 2006-06-02 01:38 | 新作/展覧会情報
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